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東京地方裁判所 平成4年(行ウ)84号 判決 1992年10月28日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  原告の請求の趣旨

被告が平成二年七月三一日付けで原告に対してした、平成元年分の贈与税の更正のうち、贈与税の課税価格二二六一万〇六四四円、贈与税額三一万八〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

第二  事案の概要

本件は、夫から、一部が住居、その余は貸店舗である建物及びその敷地の各持分の贈与を受けた原告が、贈与税の申告についてなされた更正及び過少申告加算税賦課決定の取消しを求めた事案であり、相続税法二一条の六の居住用不動産とみなされ、同条に規定する配偶者控除の適用を受けた当該敷地の持分の課税価格について、貸家建付地兼自用地として評価するか、全部自用地として評価するかが争われている。

一  配偶者控除の制度について

贈与税における配偶者控除の制度は、生存配偶者の老後の生活安定に配慮する趣旨から、婚姻期間が二〇年以上である等一定の要件を充たす夫婦間の居住用不動産の贈与について、一生に一回に限り、その取得した居住用不動産の課税価格から二〇〇〇万円を限度として控除することとする優遇措置である(相続税法二一条の六)。贈与に係る不動産のうち、配偶者控除の対象となるのは居住の用に供している部分のみであり、したがつて、一部を居住の用に供している不動産の持分の贈与を受けた場合については、相続税法基本通達(昭和三四年一月二八日直資一〇(例規)、ただし、昭和五七年五月一七日直資二-一七七ほか改正・追加後のもの、以下「基本通達」という。)二一の六-三本文は、「配偶者から店舗兼住宅等の持分の贈与を受けた場合には、二一の六-二により求めた当該店舗兼住宅等の居住の用に供している部分の割合にその贈与を受けた持分の割合を乗じて計算した部分を居住用不動産に該当するものとする」としており、課税実務上、居住用不動産の範囲は、当該居住の用に供している部分のうちの贈与に係る持分に限られるのが原則となつている。

しかし、配偶者控除の制度の趣旨が右のとおりであり、また、夫婦間で店舗兼住宅等の持分の贈与をした場合で、その持分割合が店舗兼住宅等のうち夫婦双方が居住の用に供している部分の割合以下であるときは、その贈与は、当事者夫婦間においては当該居住の用に供している部分のみが贈与の対象であるとの認識に立つてなされるのが通常であることにかんがみ、このような場合の居住用不動産の範囲に関しては、基本通達二一の六-三のただし書は、右の本文に続いて「ただし、その贈与を受けた持分の割合が二一の六-二により求めた当該店舗兼住宅等の居住の用に供している部分(当該居住の用に供している部分に受贈配偶者とその配偶者との持分の割合を合わせた割合を乗じて計算した部分をいう。以下二一の六-三において同じ。)の割合以下である場合において、その贈与を受けた持分の割合に対応する当該店舗兼住宅等の部分を居住用不動産に該当するものとして申告があつたときは、法第二一条の六第一項の規定の適用に当たつてはこれを認めるものとする。また、贈与を受けた持分の割合が二一の六-二により求めた当該店舗兼住宅等の居住の用に供している部分の割合を超える場合における居住の用に供している部分についても同様とする」としており、受贈持分割合が居住用部分の割合以下である場合には、課税実務上、納税者の申告により、当該持分全部について相続税法二一条の六第一項の適用を認めるものとするとされている(以下、この配偶者控除の対象不動産の範囲の特例を「本件特例」という。)。

二  当事者間に争いのない事実等

1  原告は、平成元年七月一五日、夫である甲野太郎から、別紙物件目録記載の各不動産の持分(以下、同目録一の建物の持分に係る建物を「本件建物」、同持分を「本件建物持分」と、また、同目録二の土地の持分に係る土地を「本件土地」、同持分を「本件土地持分」という。)の贈与を受けた。

2  原告は、この贈与について平成元年度分の贈与税の申告をしたが、この申告に当たつては配偶者控除の適用を求めて所定の手続をし、控除対象不動産の範囲については、本件特例に該当する場合であつたので、その適用を受けるべく、両持分の全部について居住用不動産として申告した。その申告、被告のした更正及び過少申告加算税賦課決定(以下、これらの処分を「本件各処分」という。)並びにこれに対する原告の不服申立等の経緯は、別表のとおりである。

3  原告の申告に係る課税価格等の金額のうち、本件土地持分の課税価格については、本件土地を貸家建付兼自用地として、同持分の自用地としての価額から、本件建物の貸家部分の面積割合に対応する価額に借地権割合と借家権割合との相乗積を乗じて計算した額を減算した額となつているが、被告は、右の評価に当たつては、全部自用地として評価すべきであり、右の減算をしないで計算すべきであるとして、右課税価格等は、次のとおりの金額になるものと主張している。

本件建物持分の価額 四一万二八五六円

本件土地持分の価額 二七九四万二五〇四円

(両持分の課税価格 二八三五万五三六〇円)

贈与税の基礎控除 六〇万〇〇〇〇円

配偶者控除 二〇〇〇万〇〇〇〇円

(贈与税の基礎控除及び配偶者控除後の金額 七七五万五三六〇円)

納付すべき税額 二五五万四七〇〇円

過少申告加算税 三〇万五〇〇〇円

4  原告は、被告の右主張のうち、本件土地持分の課税価格を自用地として評価すべきものとする点を争つているが、その余の課税根拠事実については明らかに争わない。すなわち、本件土地持分の課税価格の評価を自用地として行うとすれば、本件課税価格、贈与税額及び過少申告加算税が右被告主張のとおりとなることについては、当事者間に争いがないこととなる。

三  本件の争点

本件においては、右のとおり、もつぱら、一部賃貸に供している本件建物及びその敷地である本件土地の各持分が相続税法二一条の六の居住用不動産とみなされ、配偶者控除の対象となつた場合、本件土地持分について、その課税標準についても自用地として評価すべきか、あるいは賃家建付地兼自用地として、自用地としての価額から、本件建物の貸家部分の面積割合に対応する価額に借地権割合と借家権割合との相乗積を乗じて計算した額を減算して評価すべきかが争われている。なお、原告は、本件建物持分についての評価は争つていない。

1  原告の主張

原告は、本件土地持分は貸家建付地兼自用地として貸家部分の面積割合に対応する価額に借地権割合と借家権割合の相乗積を乗じて計算した額を減算して評価すべきであるとし、その理由として以下のとおり主張している。

(一) 基本通達二一の六-三ただし書には、本件特例の要件が規定されているが、当該不動産を自用地として評価する旨の文言は一切書かれていない。本件土地は一部居宅、一部貸店舗である本件建物の敷地であるから、その持分については貸家建付地兼自用地としての評価を行うべきものである。被告の主張する評価は、実在しない土地の状況を前提として評価し、課税するものであつて違法である。

(二) 相続税法二二条は、贈与税の評価は時価によるものと定めている。仮に、被告の主張するように、本件土地持分の評価を自用地として行うと、同一の土地について配偶者と子に同一割合の持分の贈与を行つた場合、配偶者に対する贈与分については、本件特例を適用して自用地として評価される結果、同一土地の同一割合の持分について評価額が異なり、時価が二通り生じるという矛盾が生ずる。

(三) 本件のような一部賃貸の用に供している建物とその敷地の持分について、配偶者控除を適用したにもかかわらず自用地として評価すると、配偶者控除を適用した場合の方が課税価額が高くなる場合が生じる。かように均衡を失する事態が生じるような被告の評価方式は、配偶者控除の制度の趣旨からみて一貫性を欠き、不合理である。

(四) 被告の主張する評価方法によれば、専用の自用地に居住する場合の持分と、ビルの五階に居住し、その余の部分を賃貸の用に供している場合の持分についての評価が同額になりうることになつて不公平である。

(五) 被告が本件土地持分の評価で用いた自用地路線価方式は、相続税財産評価に関する基本通達(昭和三九年四月二五日直資五六、直審(資)一七(例規)。ただし、平成三年一二月一八日課評二-四課資一-六(例規)により題名が改められ、現在は「財産評価基本通達」となつている。以下「評価通達」という。)による方式と相違しているが、この被告の方式は文書として公表されておらず、一般の納税者の知り得るところではない。かような国民に対して強制力のある規範は国民に公表して周知させるべきであるのが法治主義の原則であり、これに反してなされた本件各処分は違法というべきである。

2  被告の主張

被告は、本件土地持分は自用不動産として評価すべきであるとし、その理由として以下のとおり主張している。

(一) 原告は、本件の贈与に当たつて、配偶者控除の適用を受けることとし、その範囲については、本件土地、建物各持分のすべてが居住用不動産であるとして、前記基本通達二一の六-三のただし書きにより、その旨申告したものである。したがつて、本件土地持分についても、その全部を居住用不動産として評価するほかはない。

(二) 原告は、本件土地の評価を自用不動産として行うと、同一の土地について配偶者と子に同一割合の持分の贈与を行つた場合に、その評価額が異なるという矛盾が生じると主張する。

確かに、納税者が基本通達二一の六-三のただし書を選択し、本件特例の適用を受ける場合には、その評価も自用地として計算することとなるから、同一土地の同一割合の持分を配偶者と子に贈与した場合、子供の課税価格と相違することとなるが、このことは、配偶者控除の適用対象居住用不動産の範囲について、本件特例に関する前記立法趣旨等から納税者に有利に取り扱うことに起因するものであつて、換言すれば、それは評価の問題ではなく、配偶者控除の適用対象居住用不動産の範囲の問題である。したがつて、原告が、前提の異なる配偶者に対する贈与と子供に対する贈与とを対比して、被告の評価方法を批判するのは的外れである。

第三  争点に対する判断

一  本件特例を定めた基本通達二一の六-三ただし書は、前記第二の一に判示したような制度の趣旨及び贈与当事者間の意思解釈から、夫婦間で店舗兼住宅等の持分の贈与をし、その持分割合が店舗兼住宅等のうち夫婦双方の居住の用に供している部分の割合以下である場合において、贈与を受けた持分の割合に対応する当該店舗兼住宅等の部分を居住用不動産に該当するものとして申告があつたときは、当該持分全部について、配偶者控除を定めた相続税法二一条の六第一項の適用を認めるものとしている。この通達の意義は、要するに、当該持分全部について同項の居住用不動産と同様に扱うという、いわば擬制を定めたものであるから、居住用不動産の範囲について納税者の選択により右通達を適用する以上、その課税価格の評価においても、申告のあつた当該受贈持分全体について、居住用不動産すなわち自用不動産として評価せざるを得ず、これを現況に即して一部賃貸用のものと評価する余地はないものというべきである。実質的にみても、配偶者控除の制度は、夫婦間の居住用不動産の贈与については、二〇〇〇万円を限度として非課税を保障し、もつて生存配偶者の老後の生活の安定に資するとの立法目的に出たものと解されるところ、前記のように、一部居住用の不動産の持分の贈与を受けた配偶者は、当該居住用部分の全部を使用する(民法二四九条参照)というのが贈与当事者間の通常の意思と解されるのであるから、持分全部について自用不動産とみなして二〇〇〇万円の限度で非課税を保障すれば右の立法目的は達成できないのであり、かえつて、原告の主張する評価方法を採用すると、居住用部分に関して実質的に非課税が保障される額が必要以上に多額になつて不公平な結果になるというべきである。

二  これに対して原告は、被告の評価方法を争い、本件土地持分は貸家建付地兼自用地として評価すべきであるとして、その根拠をるる主張するが、以下のとおりいずれも採用できない。

1  まず、原告は、基本通達二一の六-三ただし書には、当該不動産を自用地として評価する旨の文言は一切書かれていないから、本件土地を、現況から離れて自用地として評価することは違法であると主張する(前記原告の主張(一))。しかし、右ただし書の趣旨は、前記のとおり、要するに相続税法二一条の六第一項をそのまま適用するため、当該不動産を同項にいう居住用不動産とみなすということであるから、右のような基本通達の表現は、本件土地について現況とは異なつた評価をすることについて何ら妨げとはなるものではない。

2  また、原告の主張するように、確かに、被告の主張するような評価方式を採用すると、同一の土地について配偶者と子に同一割合の持分の贈与を行つた場合、双方の持分について評価額が異なることとなり(原告の主張(二))、本件のような自用地兼貸家建付地の贈与の事案において、配偶者控除を適用した方が課税価額が高くなる場合が生じ(同(三))、専用の自用地に居住する場合の持分と、ビルの五階に居住し、その余の部分を賃貸の用に供している場合の持分についての評価が同額になりうることとなる(同(四))。

しかし、これらは、いずれも納税者の選択により、当該持分を全部居住用不動産と擬制したため生じる結果であるから、格別不合理であるとか、不公平であるということはできない。したがつて、原告のこの主張も採用できない。

3  さらに、原告は、被告の用いた評価方式は、基本通達と異なる方式であつて、文書として公表されていないとも主張する(同(五))。しかし、相続税法二二条にいう時価の評価方法が文書として公表されていることは必ずしも課税処分の適法要件とは解されないばかりではなく、自用地としての評価方式は評価通達において公表されているのであり、ただ、本件においては、この通達のうち、自用地としての評価方法を適用して評価するか、自用地兼貸家建付地としての評価方法を適用して評価するかについて、基本通達二一の六-三ただし書の解釈が問題となつているにすぎないから、いずれにせよこの主張も失当である。

三  したがつて、本件課税価格、贈与税額及び過少申告加算税は被告の前記主張額のとおりとなり、その範囲内でなされた本件各処分は適法であつて、原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官 秋山寿延 裁判官 原 啓一郎 裁判官 近田正晴)

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